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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)7667号 判決

原告 国

訴訟代理人 家弓吉巳 外二名

被告 油谷鉱業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は「被告は原告に対し金百十五万二千八百三十円及びこれに対する昭和二十八年四月七日からその支払のすむまで金百円につき一日三銭の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

被告は主文と同趣旨の判決を求める。

第二原告の主張

一、原告国(所管庁は東京国税局麻生税務署)は訴外油谷石炭販売株式会社に対し既に納期の経過した昭和二十七年度法人税及び源泉所得税三口合計金百九十三万七千八百七十円の租税債権を有していたが、右会社は昭和二十八年四月六日東京国税局麻生税務署長に対し前記滞納税金のうち昭和二十七年度法人税金百十五万二千八百三十円について同年五月四日に金二十万円、同月三十一日に残額全部を分割納付することを約束し、被告は同日右債務について私法上の保証契約(国税徴収法所定の徴収猶予の保証ではない)を結んだ。

二、よつて原告は被告に対し前記金百十五万二千八百三十円及びこれに対する本件保証契約をした日の翌日である昭和二十八年四月七日からその支払のすむまで金百円につき一日三銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の主張

一、原告主張の事実中被告が原告主張のような保証契約をしたことは否認する。前に認めると述べたが、錯誤による自白であるから撤回する。その余の事実は認める。

二、もつとも麻生税務署係員が訴外会社の租税納付につき同会社に対し滞納税金に対する保証人の保証書の提出方を要求しかつ被告会社の社員に対してその保証捺印方を指示したので、被告の総務部長青山節が被告会社の代表者印を捺印したことはあるが、右総務部長は租税法規に通じないため、かつは官庁係員の指示によるものであるから、これに従わねばならないと信じて押印したもので、保証の意思もなく、またその権限もなかつた。したがつて、保証契約は成立していない。

三、仮りに麻生税務署長と被告との間に保証契約が結ばれたとしても右契約は単に私法上の保証契約で国税徴収法所定の納税保証ではないから無効である。その理由は別紙その一のとおりである。

第四被告の主張に対する原告の主張

一、被告主張の第二項の事実は否認する。被告は当初昭和三十二年十月十六日の第一回口頭弁論期日において保証をしたことを認めながら、同年十一月二十五日の第二回口頭弁論期日に右自白を撤回したが、自白の撤回には異議がある。

二、第三項の主張は争う。本件私法上の保証契約の有効なる理由は別紙その二〇とおりである。

理由

原告の本訴請求は原告の訴外会社に対し有する昭和二十七年度の法人税滞納税金百十五万二千八百三十円について原被告間に私法上の保証契約が結ばれたことを前提とし、被告に対し右保証債務の履行を求めたものであることは、原告の主張自体から明らかである。

しかしながら、当裁判所は次の理由によりこのような私法上の保証契約は無効であると考える。

国税徴収法はその第一条において「国税の徴収は関税その他別に法律を以つて定むるものの外総てこの法律による。」と規定している。けだし国税債権が国民の権利義務に重大な関係を有し、かつ公法上の債権でその徴収手続も私法上の債権と異にする必要のある点にかんがみて、いわゆる租税法定主義をとり、国税の徴収手続についても、別に法律で定めるもののほか、総て国税徴収法によることを規定したものであつて、国税徴収法に定めない手続によつて、国税を徴収することは許されないものと解さなければならない。

ところで、納税保証については、同法は第七条の二、(同条の四、)同法施行規則第十一条の三第一項七号、同条の四第三項に規定されており、国税の徴収猶予の場合に、その猶予される金額の限度において相当の担保を徴することができること、この担保のうちの人的担保として税務署長において確実と認めた保証人の保証が認められていること、この場合は、保証人が保証書を所轄税務署に提出することを定め、納税保証については、これら要件を備えることの要する旨を規定している。

このように納税保証は徴収猶予の制度に関聯し、その人的担保として国税徴収法の特別の規定によつて始めて許されるのであるしたがつて税務官庁が徴収猶予の規定によらないで、事実上国税の分割納付を許し、その担保として一般私人との間に私法上の保証契約を結び、その徴収方法も国税徴収法に定める徴収と別個の手続によらしめることは前記国税徴収法第一条の法意からして許されないものというべきである。

してみるとたとえ本件保証契約が原被告間に結ばれたとしてもかかる保証契約は法の認めない無効なものであるから、それが有効であることを前提とする原告の本訴請求はその主張自体からして失当なことは明かである。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 松本武 斎藤昭)

その一 準備書面

一、本件納税保証は有効である。

(一) 被告は、国税徴収法所定の納税保証以外の納税保証契約は法律に準拠しない契約であるから無効であると主張するが、被告の右主張は以下述べるような理由により誤つている。

すなわち、租税は、国家公共団体が財政権により一般人民からその経済力に応じ一般経費を支弁する目的で徴収するものであつて、憲法第三〇条により定められている国民の重要な義務の一つである。しかして、国家財政の確保を期するため、国税債権は国税徴収法により優先権並びに自力執行権を賦与せられて居るのであつて、国税債権が一般私債権に優先し且つ税務官庁が、一般私法上の債務名義の如きものを要せずして、一方的に公権力を行使して強制徴収できる点において一般私債権と異るのである。

したがつて、租税においては、国家の収入を得ること自体が目的であつて、刑罰の一種として課する罰金や科料のように制裁を目的とする一身専属的なものとは異なり、専ら国の一般経費を支弁するために収入を得ること自体が目的である以上、主たる納税義務者に代り、第三者が租税を納付することは何ら租税の目的に反するものではなく、また、租税債務は相続人に承継せられるのである(国税徴収法第四条の二参照)。唯納付した第三者は租税の性質上租税の持つ優先権及び自力執行権の代位行使が認められないだけであつて、国税徴収法においても第三者の納付を予定しているのである(国税徴収法施行規則第十七条参照)

罰金や科料等と異なり租税の性質及び目的が右に述べたとおりである以上、主たる納税義務者と納付につき利害関係を有する者(例えば差押財産について抵当権、質権、留置権又は先取特権を有する者或は差押財産を取得した第三者等)はもちろん、利害関係を有しない第三者と言えども、主たる納税義務者の意思に反しない限り税金を納付することは差支えないのである。

したがつて、国税債権につき第三者が滞納者のために税務署長と私法上の保証契約を締結することは、国家の財政確保のために有利でこそあれ、何ら租税の目的に反しないばかりでなく、また、右の保証契約が税務官庁の強制圧迫によらずして任意になされたものである限り、保証人にとつても何ら不利益を受けるわけのものではない。唯、国税徴収法所定以外の納税保証の場合には、税務官庁は保証人の財産に対し直ちに滞納処分ができるわけではなく、一般私債権の場合と同様に、民事訴訟法に基き債務名義を得て然る後に、強制執行をなさざるを得ない不便が伴うだけである。

また、第三者が、滞納者のために税務官庁と保証契約を結んだからといつて滞納者の租税債権を免除し、軽減し、或は猶予する等租税債務に何ら影響を及ぼすものではないし、公法上の債権なるが故に一般私債権の場合に比して保証契約をしてはならないとの特別の理由もなく、また、禁止規定もない。

被告が引用している各判例は、何れも税務署長が納税義務者との間に、契約により納税義務を免除し或は延納する等租税債務をほしいままに処分した場合の事例であつて、本件納税保証の如く主たる納税義務者の租税債務に何ら変更を加えたわけでない場合につき右判例を引用することは適切でない。

(二) また、被告は、国税の徴収については、各種租税法規において特別の徴収手続が定められていない限り、専ら国税徴収法の規定によつてのみなされるべきであると主張するが、右主張も誤つている。

すなわち、国税徴収法は、前述のとおり国家財政の確保のために国税債権に優先権を与え、国家権力によつて一方的に徴収するために、税務官庁に特別の権限を賦与した規定であつて、この規定によつてまかなえない場合は、民法や民事訴訟法の如き一般私法法規によつて国税債権の履行を確保せざるを得ないのである。

例えば、国税徴収法第十五条の詐害行為の取消訴訟を起すには民事訴訟法により裁判所に訴を提起せざるを得ないし、また、同法第十五条に該当しない詐害行為(財産の譲渡以外の法律行為、例えば地上権や抵当権の設定等)については、民法第四二四条の規定に基き裁判所に取消の訴を提起せざるを得ない。また、国税徴収法第二三条の一により滞納者の債権を差押えた以後の取立手続は民事訴訟法の規定に従わなければならないが如きである。

(三) 以上、要するに、公法上の租税債権といえども主たる納税義務者の租税債務に変更を加えない以上、国税徴収法所定の納税保証によらずして、一般私債権の場合と同様に、民法、民事訴訟法等の規定により租税債権の履行を確保することは何ら差支えないのであつて、国税徴収法によらない納税保証も有効と解すべきである。

二、裁判所より釈明を受けた事項について。

(一) 保証人が納付した場合の効果について

納税の保証をした第三者が、主たる納税義務者に代り、税金を納付した場合は、保証人が納付した限度において主たる納税義務者の租税債務は消滅することになる。若し保証人が税金を完納すれば、租税債務は完全に消滅するのであるから主たる納税者の財産に滞納処分をしていた場合には、その財産の差押を解除することとなる(国税徴収法施行規則第十七条御参照)。

しかし、保証人が主たる納税義務者に代り税金を完納しても、公法上の債権であるから、国庫に代位して優先権を取得したり、自ら納税者の財産に対し滞納処分をすることができないことは当然である(明治三十七年十二月八日大審院判例御参照)。

(二) 保証人が納付した場合の税務官庁の会計法上の取扱について

納税の保証をした第三者が、主たる納税義務者に代り税金を納付する場合は、国税収納金整理資金事務取扱規則に基く納付書により第三者の名義をもつて、滞納者何某の税金である旨を記載して納付させることにしている。

しかして、税務官庁の内部処理としては、右納付せられた現金は国税収納金整理資金として滞納者の税金に充当するのであるが、帳簿上の処理は、主たる納税義務者の一人別徴収簿の収納済額欄に、実際に納付された年月日及び納付金額を記入し、記事欄の部分に何年何月何日納付分は納税保証人何某の履行分として記載の上、保証人の納付した金額の限度において、主たる納税義務者の租税債務は履行されたものとして処理されているのである。

その二 原告主張に対する答弁

一、原告は昭和三十三年六月五日附の準備書面において

(一) 租税債権についても国税徴収法所定の納税保証以外に私法上の保証契約も有効になし得るものと考える。

(二) 本件保証契約が被告会社の代表者と麻布税務署長との間においてまつたく任意に締結されたものでまたその経緯から見ても私法上の契約として有効に成立したものといわねばならない

(三) 本件保証の強制履行は国税徴収法所定の納税保証の如く滞納処分による執行を行うものではなく訴訟手続によつて権利保全をなすべきものである

と主張しているが、上記の原告主張は法律に準拠しない不当の主張というべきである元来租税の賦課徴収は公法上の債権債務であり、国民の権利義務に重大なる関係を及ぼすものであるから法律の定めるところによらねばならぬ、すなわち国税徴収法の絶対的適用をまたねばならぬことになつているのである

納税義務の履行を実現させるための諸手続のすべてすなわち租税の調査決定、納税の告知、督促および滞納処分手続の全般について国税徴収法はその第一条において

第一条国税ノ徴収ハ関税其ノ他別ニ法律ヲ以テ定ムルモノノ外総テ此ノ法律ニ依ル

と規定されているので各種租税法規において特別なる徴収手続が定められていない限りにおいては、国税の徴収に関する限り絶対的に国税徴収法の規定が適用されなければならないことになつているのである

これは一般私法上の債権に対比して租税債権が公法上の権利義務であることとこれの重要性に鑑み特別に権利行使の規定を国税徴収法に定めてこれの収入確保の目的を貫徹せしめているのによる、国税債権はその成立内容等が契約によつて定められることなく国税法規によつて定められるものでこれは要すに租税がその性格上私法上の債権債務の関係と異なり特殊性をもつているのに起因し契約自由の原則を排除されるわけである、したがつて右の国税徴収法に準拠しない原告主張の租税徴収手続は法規に適合しない行為であつて無効である

二、国税徴収法において納税保証につき規定されているのは徴収猶予の担保として同法第七条ノ二、徴収猶予の担保の種類として同施行規則第十一条ノ三、担保提供の方法として同施行規則第十一条ノ四にそれぞれ規定されているのであり、これ以外には納税保証についての規定は定められていない、したがつて国税徴収法における納税保証は同法第七条ノ二、同施行規則第十一条ノ三、第一項第七号の規定に基き同規則第十一条ノ四第三項の規定にしたがい提出したる納税保証書であつてしかもこれの提出が租税債権の徴収猶予の許可に関聯しその人的担保としてなされたものでなければならない(尚この外延納の場合等に人的担保として定められている)しかしてこれは税務官庁の許可によつて成立しここにおいて納税保証をなした者は租税債権につき公法上の保証契約締結の当事者となるわけである、以上の通りで私法上の契約が任意で自由の原則に基いてなされるのに対し公法上の納税保証契約が一種の契約によつて成立するのではあるが私法上のそれに比し法律の制約を受ける度合が強い特色を持つているのである、これはあたかも民事の保証債務、連帯債務がすべて契約によつて成立するのに比し民事のそれに相当する国税徴収法の第二次納税義務と、連帯納税義務の全部が法律の規定によつて成立するものと同様である、而して前述の如くこれ以外に納税保証契約につき定められたる規定は国税徴収法には見当らないのである、したがつて税務官庁は租税の徴収に関聯しての場合は前記納税保証以外の納税保証契約を締結してはならぬのであり又仮りにこれを締結したとしてもそれは無効である、すなわち法律に準拠しない本件納税保証書は無効である

公法上の債権である租税を徴収するにあたり国税徴収法によらずしてこれに定めのなき私法上の保証契約が成立する理由がない。

昭和九年第三五一号

昭和十年十二月二十四日行政裁判所判決

一、納税義務は法令に基かない契約をもつてこれを処分することができないものと解されるから紛争解決のためになされたとしても滞納市税免除のいわゆる紳士契約は有効と認めることができない

ことに判示されていることによつても被告主張の正当なることは明かである

三、原告は本件保証契約が被告会社代表者と麻布税務署長との間においてまつたく任意に締結されたと主張するも本件保証書を麻布税務署長に提出したる経緯は昭和三十二年十一月二十日附をもつて被告代理人が提出したる準備書面一の通りで被告の毫も関知しないものである、国税の徴収を専任とする原告はその国税の徴収に当つては国税徴収法規の定める徴収手続の規定に必ず従わなければならぬ、いかにその徴収を全うする責任があつても法規に定めのなく提出義務もない納税保証書の提出方を指示し提出せしめてはならぬものと思う

次に国税たる租税債権は公法上の債権であるから法律に定める課税要件の充足によつて発生、変更、消滅すべきものであるから私法上の債権債務のように契約の存在する余地がない、それで仮りに税務官庁と納税者側との間において合意はあつたとしても法律に準拠しない契約は無効であるからこれによつて処分することはできない

昭和二十四年第一四五号贈与税年賦延納確認並びに同取消請求事件

昭和二十五年四月十八日福岡地方裁判所判決

第二審昭和二十五年(ネ)第三一七号事件

昭和二十五年十月二十日福岡高等裁判所判決

上告審昭和二十五年(オ)第四四〇号事件

昭和二十七年八月五日最高裁判所判決

一、租税徴収権には私法上の一般債権に存しない特質があるから納税義務者は税務署長との契約により租税の年賦延納をすることはできない

二、法律上規定されていない贈与税の年賦延納が許可されてもその許可は実質的には何等の法律効果をも生じない無効なものであるから税務署長はいつその取消処分をしても違法ではない

昭和二十四年(ワ)三〇〇六号回答文書確認請求事件(却下)

昭和二十五年五月二十七日東京地方裁判所判決

一、国の課税及びその徴収に関する事項は各種税法によつて規定され、税務官庁と納税者との合意でこれを左右することは許されない

ことに判示されていることによつても原告主張の不当なることは明かである

四、原告は本件保証の強制履行は国税徴収法所定の納税保証の如く滞納処分による執行を行うものではなく訴訟手続によつて権利保全をなすものと主張するも国税の強制徴収手続には国税徴収法上滞納処分、交付要求、担保物処分以外にはなく且つ滞納処分は民事の強制執行と異り債務名義を必要とせず督促を執行要件とするので原告主張の如き権利保全の徴収手続は国税徴収法において認められていない、租税債権債務内容は強行法的法律をもつて画一的に規定されているので税務官庁の自由裁量もその法律の範囲内においてのみ認められるにとどまるものであつて税務官庁と納税者間の賦課又は徴収上の各種契約が有効に成立する余地はない

昭和二十五年(ネ)第五十一号所得税確定決定取消請求控訴事件

昭和二十六年九月二十一日広島高等裁判所判決

一、元来納税義務の成立とその内容範囲は専ら租税法規によつて定められ私法上の金銭債務が当事者間の契約によつて生ずるものと全く性質を異にし被控訴人の主張するような私法上の契約に準ずる契約が有効に成立する余地はないので前示主張は採用しない

ことに判示されているのによつても被告主張の正当なることは明かである

原告が法規に基かざる特殊な経緯の納税保証書を前提として権利保全手続に出でんとする根拠は法律上理由ない

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